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2008年9月18日 (木)

「順列都市」グレッグ・イーガン

さるブログで現代SFの傑作として紹介されてたので、読んでみました
それで感想なんですが、とても面白かったのですが、凄いのかそうでないのか、そのへんが曖昧で、微妙な読後感となりました

以下ネタばれを含みます
未読の方はご注意下さい

人体をスキャンしてその情報を仮想現実世界で再構成して「コピー」として走らせる
「コピー」はスキャンされた本人の記憶と自意識をもち、あたかも実在の人間のように仮想現実世界で生活できる
そういう未来の世界で、ある男が「コピー」にある実験を行い、そこから得た洞察をもとに永久不滅の世界の構築を計画する
というのが物語の骨子なんですが、途中で物語に感情移入できなくなりました
上巻のラストで衝撃の発言があり、わくわくして下巻を読み始めたのですが、「塵理論」のあたりで書かれていることが素直に受け入れられなくなった

「塵理論」そのものは解る気がする
無数の代替世界の可能性も納得できる
でも人間の意識が複数の代替世界を行き交うことは同意できない
二つにわかれた人間の意識が合流する説明には無理がある

人間の死と「コピー」の死を別物として語られましたが、それは同じものではないのでしょうか
魂のような、意識それ自体で世界に存在できる実体を仮定しなければ、意識の消滅は現実でも仮想世界でも等価だと思う
人間の意識が連続性をもつのは脳というハードウェアがそういう処理をしているからで、仮想世界ではコンピュータがその処理を担っている
ハードウェアはそれが属する世界に依存しているから、ハードウェアが代替世界に移行できなければ、意識も移行できない
というふうに感じたのですよね

いわゆるアイデンティティは思い込みのようなものだと思う
前世や来世を信じる人にはそれが存在する
多元宇宙の無数の自分を自分だと感じられれば、それは自分なのだ
ポール・ダラムはとても思い込みの強い人間なのだ

物語の結末で現実に残った方のマリアが描かれるが、この姿にどうにもならない空しさを感じた
現実のマリアにとってはエリュシオンでの出来事は知るすべもない絵空事であり、この世界のポール・ダラムは惨めな死に方をした
SFという物語それ自体にどうしようもない空しさを感じてしまうような、ペシミスティックなエピローグだと思う

http://d.hatena.ne.jp/kasei_san/20070107/p1


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